コロナ禍で様々な話が日々報道される中、いよいよ7月23日からオリンピックが開幕される。1年遅れで、本当に開催されるかギリギリのラインでの開催だ。
実際は今日からソフトボールの予選大会などがあり、2008年の北京オリンピックで日本が優勝した際に日本の最強エースだった上野選手が13年ぶりにオリンピックのマウンドに立った。そして今回も北京オリンピックで、決勝進出を争い勝った強豪オーストラリア戦で日本はコールド勝ちした。
オリンピックでソフトボールが競技に選ばれたのが13年ぶりだ。メジャーな競技は4年おきにオリンピックで開催されるが、ソフトボールは実に東京オリンピックで13年ぶりに採用されたのだ。
13年間の練習の中で、ピッチャーとして勝ち続け、けがをしてもリハビリをして、その闘志やメンタルを維持して、再度マウンドに立ったのは本当に凄いことだと思う。あの当時の強く期待されたエースのまま上野は今回もマウンドに上がり、その期待に答え、見事エースとして初戦を飾ったのだ。
一言で、13年といってもその間の大変さや努力は並大抵でないと思う。我々では想像すらできない領域の努力があり、その間ではどんなに鍛えても体力や気力は人としては衰えるだろうから、その肉体的な衰え以上に進化をさせていく人間という生き物は本当に凄いと思う。会社も同じで弊社も14年を超えて、当時と違う形で変化しながら進化をしていっているので、現在でも世の中に存在しているのだと思う。
やはり、何をしていても長い年月を経過してその世界で存在していく上では、良いことも悪いことも様々なことが確実に起こり、それは人でも会社でも同じだと思うが、その壁をどう乗り超えて、次のステージに向かって正しく進化し続けることが出来るかが、生き残る上では全てだと思う。その一つの重要な要素は、正直なことだ。
社会に正直。自分のやることに正直。相手に正直。嘘をつかない。
そして、コロナ禍での活動が1年6か月にもなり、さらに今の状況が当面続く中では確実に日本と海外との分断、鎖国状態、そして海外のリアルな情報が入りにくくなってくる中での各国同士の情報共有の分断、実際にワクチンを打って、渡航できるようになり、行き来し始めたら、浦島太郎の状況になっていることに気が付き、各国での様々な進化やその自国とのあり方の差に驚くことになる。
その根底は、その国がコロナとどう付き合ったかが社会の基本構造になる。
そして、国内でもコロナのニュースを日々見ながら、何となく過ごして、実際にコロナが収まってから、家から出て周りを見渡したら、世の中がAIなどによって大きく様変わりしていることに気付く。人々も分断しており、今まではピラミッド型だと思っていた社会が、とうにそんな時代は終っており、正方形□の中で縦横正方形にブロックのチェーンが分断されているのだ。同じ世代・同じ層・同じ地域・同じ会社・今までの友人達も同じような考え方で、共通言語を話すと思っていた人たちの思考も、この長いコロナ禍での生活スタイル・情報の取り方によって大きく様変わりし、思想を共有するという概念が今までより難しくなってきたことに気が付く。
コロナは、国や人などを隔離させることで、今まで当たり前の様に共有していた時間をなくさせたのだ。その為、今まで以上に仮想、SNSなどを通じて、会ったこともない人たち、ただ、自分と共通の思考を持っている人達、リアルな友人ではない、しかし仮想の世界では、そんなことは関係がなく、頭の中が満足していれば良いだけなので、「自己満足の世界」に入りがちになり、リアルに会って話して、ストレスを抱えるくらいなら共通言語を話せるスマホで繋がる人達と会話していた方がマシだと思う時代、まさに仮想空間への時代に突入していくわけだ。
同時に、コロナで資本主義社会が終焉を迎えていく。コロナで分離されて隔離されている社会が始まり、そこから共存社会への変化をしていくことで、富の分配と、基本的な生存権を社会の基本的なあり方として国民や社会が追求し始める。
それは、今回のコロナ禍で生存するのに大変な個人や企業に対して、国の税金を使って、助成金という形で申請する人や企業に「お金の分配」をするという事実を作ったことだ。企業が生き残るために、さらに銀行は金利0円でタダで企業にお金を貸し、社会は様々な形で手厚く企業にお金を出している。
これは社会が成長、存続していく為には、社会全体で「弱者」を支えることが必要であり、重要だと捉えたからだ。その弱者を助けるという社会システムは全体の大きな流れの中ではコロナ禍で大きなきっかけとなり、次の時代「共存社会」に突入するきっかけを作ったと思っている。資本主義の終焉をコロナというウイルスが長期的に社会に滞在したことで、終わらせる役割にもなったのだと長い歴史の中で、後で振り返るときっと分かることだろう。